留学経験なく、英語ができない夫婦が四苦八苦しながらも、留学の勉強以外に、体育会系クラブ、Party、旅行とかなりチャレンジしながらも、充実した留学生活を送っていった物語とその後の人生を綴っております。


by michiganlife
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人生30年を振り返って  7/31/2005

三十路になったのを機に、自分の今までの人間形成をしるうえでも、今までの人生30年を簡単に振り返ってみた。

生まれて~高校まで
両親と祖父母、そして学校の先生達のおかげで大学受験まで、勉強が苦だとはほとんど思わなかった。どちらかといえば楽しんで勉強やってこれたと思う。2歳のころから算数の『繰上り』の原理が楽しくなって、家の薬屋に来るお客さんみんなに『問題だして~』と言ってたらしい。
新しいことを知る喜びをしったのは、周りの人のおかげだった。このころから、学校では質問をしてばっかり。中学、高校では僕の席は、ずっと先生の教卓のまん前に固定され、席がえは僕以外で行われた。 このころから、『Mr. Question』になってきたようだ。学校は小、中、高ずっと楽しかった。

僕はかなりの不器用だった。スキップ、ハーモニカ、逆上がり、自転車、ことごとく、色んなことができるのが一番遅かった。おそらく、オシメが外れたのもかなり遅かった気がする。。。 できない悔しさで母と公園に夕方いって逆上がりの練習したり、夏休みに先生に呼ばれてハーモニカの補習も受けてた。家の廊下ではずっとスキップの練習してた。。。そんな日々が続いた。

そんな不器用な僕の好きな漫画は、『キャプテン』。不器用だけどやみ練をして、実力をつけていく谷口君が好きだった。試合の場面よりも、合宿などみんなで猛練習して旨くなっていく場面が好きだった。心のよりどころだったかもしれない。今でも、頑張る力が欲しいときは実家でキャプテンを読みあさる。

中学、高校はバスケット部のキャプテン。顧問の先生は名前ばかりで、自分達ですべてメニュー作りから試合の作戦まで。ほんまにしんどかった。自分を磨くだけでも精一杯なのに、みんなを一つにまとめることの大変さを実感した。この6年間で、マネージメントの難しさ、Leadershipの難しさを強く感じた。どうやったらみんながやる気になるんだろうか?どうやったら勝てるんや?この時期にかなり悩んで、試行錯誤したことが、今考えると大きな武器になった気がする。



大学時代
競技ダンス部に入った。熱中した。
勉強が嫌いになった。大学で、質問にもろくに答えてくれない、というよりも、学生を気にしてくれない教授たちが嫌いだった。単位は2年で全てそろえてしまい、あとはダンスに打ち込んだ。

ここでダンスと出会っていなければ、僕の人生は大きく変わっていたと正直思う。
大学に入っても不器用さは全くかわらなかった。
『こいつ、どこから直したらいいかわからん』と先輩がいってるのが聞こえた。それぐらいひどかった。

負けたら地獄、勝たなければ意味が無い。2位は負けたのと同じ。。。
精神的にも強くさせてもらったし、努力だけではだめだということも教えてもらった。
勝ったあとの敗北の辛さとそこから這い上がることのしんどさも知った。
そして、みんなで一つの目標に向かって刺激しあって頑張ることの大事さも知った。

たくさん学んだ。 昔より負けず嫌いになったし、熱くなった。もっと泣き虫になった。
自然とうれしいとき、悲しいとき涙がでるようになった。

それから競技ダンス連盟の関西連盟委員長として5,600人を統括する仕事をさせてもらって、経営に興味を持つようになった。そして組織を改革することにもやりがいを感じるようになった。

そして愛する人ができた。


社会人~留学まで
ここで大学で勉強しなかった反動が一気にきた。
英語もTOEIC倍増、アナリストの試験なども楽しく勉強してたら合格していった。

仕事を通じて自分の成長を感じるようになった。
営業は任されるほど逆にやりがいをもって走り回った。
採用で学生と会うのはむちゃくちゃ楽しかった。
結婚して守る人ができた。

留学
色んなたくさんの人とであった。年齢層の違う人と親しくなれたくさん勉強した。
外国人を含めてたくさんの友達ができた。大きな宝物ができた。
勉強はむちゃくちゃ楽しかった。仕事と通じていることもあって、苦にはならなかった。
ダンス部にも入った。むちゃをした。
でも、結果以上に大きな思い出ができた。 
ここでもたくさん泣いた。
旅行にも行きまくって、教授ともパーティーやらランチやらすごく可愛がってもらった。
日本を客観的に見れるようになった。
自分の会社も客観的に見れるようになった。
自分自身も客観的に見れるようになった。


こうして僕の30年間は終わった。



これから、まず5年間を充実した日々にしよう。

もう一人守るひとができそうなので、自分も一緒に成長していこう。
by michiganlife | 2005-07-31 12:45 | 留学後記